宇都宮 スタイル


  essay
utsunomiya style

 

あしもと

花道の作法の中に「水際拝見」というのがあるらしい。よそのお宅に伺って花が生けてあるときに、「花と水の接点」を見せていただくのである。生けてある花の足元がしっかり構築されていなければ、その花は美しくないという。人も花と同じ一つの生命体で、足元によって支えられているということであり、足元が見苦しくない生き方が作法の中に求められているのだろう。また、茶道、能楽、歌舞伎などの所作は、激しい動きによって上半身が乱れることがない。下半身の強靭なばねが、上半身の動きを表現しているのだ。

以前、村野藤吾設計の箱根樹木園休憩所を見たことがある。うっそうとした木立の中に、苔むした「きのこ」のような建物である。デザインは言うまでもないが、私が何より感動したのは、地面と建物の接点の「足元」である。建築と地面の接点に土や、がれきの朽ちたような素材が盛られてあり、あたかも、緑の林の中に、静かな生物がにょっきりと生えているような印象なのである.周辺環境を圧倒し誇示するかのような現代建築の林立する時代に、自然の中に溶け込み、その中に自らが見えなくなる手法に驚きを隠せなかった。また、彼の設計である糸魚川市にある谷村美術館の足元も実に美しい。建物の壁も廻廊の壁も床との間に線を引くことなく、緩やかなカーブに描いて立ち上がっている。ここでは、かき落としたモルタルやスタッコをこてでならしながら、かたちづくられている.このような建物と大地の境界を柔らかくする手法は、彼の数多くの作品に試みられている。

世界に名を残す建築家たちの多くの作品には、足元にまで緻密に計算がし尽くされ、重力からの開放をうたっているかのようである。
さて、建築構造偽装問題などは、まさに「足もと」の崩壊である。このようなモラルの低下は、建築家の人間性が作品に投影されずに、図面がただの商品として消費され、住まい手の姿が見えることのない営みが続く合理主義時代のひずみなのかもしれない。納得できる「作品」をつくりあげたい、あの施主のライフスタイルにできる限り沿った住宅を提供したいなどの思いが、ひとの住まう「建築」を生命体として受け止められる建築家としての強固な「足元」になるのであろう。足元は一度乱れてしまうと、立ち上がりが見苦しい。一度損ねてしまった信用を回復するには、いま一度、われわれ建築家の足腰のトレーニングが必要だ。




ADT 長谷川拓也建築デザイン

人をやさしく包み、暮らしを美しく飾る。



321-0132 宇都宮市雀の宮1-6-1 パインハウスⅡ 105号室
028-678-9173 OPEN 10:00-17:00


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イベント情報

平屋・鉤の家。
ゆるやかに傾く屋根と、長く連なる杉の軒が夕日に照らされ、刻々と色を変える、特別な家。※駐車場の都合上、予約制となります。
12/3(土)-4(日) 10時-17時
 
 
 
 
utsunomiya style rogo

人と人々、あるいは作品をつなぐ場所。






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